我慢や辛抱の対価が「お金」と勘違いしていました

「お金」とは。

昔々。
高校生卒業して間も無く何個もバイトを掛け持ちしプータローだった19歳。
一つ派遣にも登録していたのですが。
日雇いでいくつかのバイトをさせてもらった事があります。
その時何日か卵工場でアルバイトをさせて頂きました。
ひたすらレーンから流れてくる
厚焼き玉子が崩れてないか、
だし巻き卵が剥がれてないか、などをチェックしながら
50分間永遠トレイに並べていく、という仕事でした。
50分並べては、10分休憩。というのを
朝8時〜17時まで繰り返す、という内容です。
これが、僕にとっては過去一番しんどい仕事でした。(合う方もいると思いますが、僕には合いませんでした。)
この50分は。
それはそれは長く感じました。
何回時計を見てもちっとも針が進みません。
免許更新の時のお話並みに長く感じます。あの時間の進まなさ、もやばいですよね
もちろん人それぞれだと思いますが、
その時、僕が思った僕にとって仕事がしんどいのは、力仕事とか労働時間が長いとかでもなんでもなく、
『単純作業』
頭を使わない事だと思いました。
仕事なんてラクに越した事はないと思いますが
頭を使わなくていいこと、
成長しない、という事は
ラクとは違い、
めちゃくちゃ楽しくないんだな、て。
その時に頂いた給与は
我慢して我慢してやっともらえる、
我慢に対する対価でした。
生きている以上ずっとやり続けるであろう仕事というものが、
我慢の連続じゃたまったもんじゃありませんよね。
仕事というか作業に近いのかな、と思います。
もうあの仕事は機械化されてるかもしれません。その方が早いし、正確にできますからね。
一方で、飲食店でもずっとバイトしていましたが、飲食店のバイトは、辛くて、きつくて、長くて大変だけど。
不思議と楽しいものでした。
その当時は
飲食の仕事より、
卵工場の方が給与が良く、
まぁあんだけしんどいからそりゃそうだろな、
でもやりたくないな、とも思ったんですね。
その給与は高いけどやりたくない、という気持ちが何なのか、
なんて当時はわかりませんでした。
お金の事も全然分かっていませんでした。
お金というのはなんとなく。
苦労した、我慢した、
からもらえるものだと子供の頃から思っていました。
でも今は
「人に喜んでもらえた、必要とされた、信用されてる。」
の対価だという事がわかっています。
あの時、卵工場の作業に感じた違和感はそこだと思います。
仕事は我慢。なんかじゃあっちゃいけないし、
我慢の先にお金があるわけでもない、
いかに人に喜んでもらえるか、
でしかありません。
会社で言えばたくさんのお客様、
スタッフさん達に喜んでもらえてるか。
ブログだって読んでくださってる方達から
何か元気になったとか、為になったとか。
そういう事をたくさん感じてもらえる事。
それだけを毎日追求したら
自分も楽しいし、
結果としてお金まで頂けて、
誰も不幸にならない。
てそんな風に考えてます。
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ABOUTこの記事をかいた人

ムタカズヒロ

有限会社 Soul mate elevenという会社を経営しています。福岡県久留米市を中心に博多、佐賀、朝倉で飲食店をやらせて頂いてます。飲食店が真ん中にはありますが「好きな事」「楽しい事」をテーマに「ブログ」を書いたり、「オンラインサロン」を運営したり、楽しそうと思えば、どんどんチャレンジしています。