新卒の子達が手取りについて話し合う お金がない お金を稼ぐの勘違い




電車に乗ってたら、新社会人と思われるグループが、みんな久しぶりに会ったんだろうな、と思われるテンションで楽しそうに会話しておりました。

話の中身はお金についてでした。

新卒の子達のお金にまつわるあるある

 

話題は、それぞれ就職した会社が正解だったか、という答え合わせをしている感じ。

就活の時のイメージと現実は全然違う。

給与が聞いてたより安いとか、残業があるとかないとか、嫌な上司がいる、などの話から辞めたい。

そして学生の頃に戻りたい、という話をしているのですが、その中に一人。

早速もう会社は辞めて、先輩が働いている給料がめっちゃ良い会社に就職しなおした、という話をしていました。

みんなから賞賛の嵐でした。

「羨ましい。」

「俺もそこ行きたい。」

っとその話を聞いていたら、そいえば、こんな感じだったな~、てちょっと思い出しました。

僕は社会に出た時、飲食店での見習いで、給料が15万でした。

調理科を卒業したので、友達に飲食店勤めは多く、おおよそ平均的な水準だったと思います。

下には下がいましたが。(給与面での)

でも、違う業界に行った友達なんかの話を聞いてると、あいつは30万もらってるらしいよ、なんて羨ましい話もチラホラ聞くわけです。

若いころ給与が高いというのは

旨い話につられて、何人も飲食業界から離れて行ったわけですがその目先の給与だけに吊られて動いて行った人達は。

今、20年近く経って。

みんなしんどそうなんですよね。

今はある程度、世の中の構図がわかってきたので、若い時に給与が高いなんて、(一流企業や特殊な能力がある人は別として)単なる重労働か、人が嫌がる仕事だという事がわかります。

めちゃくちゃ体力がいるとか、夜中働く、とか。

とにかく、体力がある事を必要とされてて、その対価としてもらえるわけで。

逆に言うと、歳を重ねると共に必要とされなくなってしまうわけです。

だから、

「こんなの一生は、できないね」

でみんな良い歳した頃にまた転職していきます。

その時もまた、目先の給与やら待遇やらで動くわけですが、そういう働き方をしてる人は絶対一生給与が上がっていかないんですよね。

収入というか、お金の事がわかってなさすぎると思うんです。

お金を稼ぐ=我慢の対価ではない

いま目の前に会社が用意してくれた単価の高い仕事だけをこなす、というのは残念ながら誰でもできることであり。

誰でもできる事というのは、いつでも替えが効くということでもあり。

そんなしんどい事の対価がお金ではないのです。

使ったら無くなるお金なんかじゃなくて、無くならないモノを貯めないと。

そうやって歯車の一部として動いてるうちはいつまでも

「あなたじゃないと。」

という存在になれないわけです。

別にコロコロ辞めるのがダメという話ではなく、何回転職してもいいし、何なら業界も変わってもいいと思います。

一つの事をもちろん極める、でもいいんですけど、とにかく。

「あなたじゃないと」

という人にならないと、ですね。

「この人ならできそうだな。」

「この人に頼みたいな。」

って思われる事。

でもそれは、口で言っても誰も評価してくれるものでもなく、やっぱり過去(実績)でしか判断してもらえないので、実績という信用を積み上げる、これしかないと思います。

今までできなかった事にもどんどんチャレンジして自ら領域を広め、

「あの人、これもできちゃうんだ。何でもできちゃうな。じゃあアレもコレも頼もっかな。」

ってとこまで行けたら最強ですよね。

「あなたじゃないと」×「どれだけ多くの人に必要とされるか(量×深さ)」=収入だと思います

仕事でもスポーツ選手でもアーティストでもなんでも一緒ですね。

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ABOUTこの記事をかいた人

ムタカズヒロ

有限会社 Soul mate elevenという会社を経営しています。福岡県久留米市を中心に博多、佐賀、朝倉で飲食店をやらせて頂いてます。飲食店が真ん中にはありますが「好きな事」「楽しい事」をテーマに「ブログ」を書いたり、「オンラインサロン」を運営したり、楽しそうと思えば、どんどんチャレンジしています。