苦労を苦労と感じるならやりたい事じゃないかもしれない

苦労という存在に気づかないくらい楽しみな目標を

 

やりたい事があった時。

達成するためには、大なる小なり必ずクリアしなくちゃいけない問題があります。

栗城史多さんみたいに9本の指を失い、それでもなお挑戦し続ける

http://www.kurikiyama.jp/profile

みたいな熱烈さは極端過ぎる例かもしれませんが、

痩せたければ、食事と運動が必要かもしれませんし、

何をするにもお金はかかるし、

過酷な労働や長い時間の忍耐などが必要かもしれません。

そういうことを嫌で嫌でしょうがないと思うか。過程として何とも感じないか。

昔、いつも働いてくれてて、ウチ以外でも掛け持ちで休みなくアルバイトしてる子がいて。

『お金をそんなに稼いでどうするの?』て聞いたら

『大好きなアイドルのコンサートに毎年行ってるんです』と言う子がいました。

栗城史多さんやその子。ハタから見たら

大変、信じられない、自分には絶対ムリ

な訳ですが、本当に好きなことの為にはなんでもできちゃうんですよね。たぶん。

もっと言えば本当にやりたければ、その大変な苦労も、みんなが思ってるほど苦労とも思ってない状態なんだと思います。

よく日本では成功に苦労がつきもの、苦労は買ってでもしろ、みたいな美徳文化のようなものがあり、その理論を持って若い子達を

『今キツくても頑張れ』

と説得する傾向があります。でもやっぱりやりたい感情にならなければきついものはきついんですよね。

今やってる事がどうしても苦労としか感じないなら一度道を変えてみるのは良いかもしれませんね

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です