教育はいろんな会社の永遠の課題だと思います。
僕もいろんなセミナーを受講してきましたし、本も読んできましたし、実践もしてきました。
そのうえで今感じていることをまとめてみます。
価値観が合ってないと、イライラしてしまう
同じものを見て『良い』と思えたり、『嫌だな』と感じる価値観を共有できているかどうか、は大事だと思います。
それができてないと、何か起きる度に指示を煽られます。
時には、マニュアルを破ってでも、対応しないといけないような事もあると思いますし。
とっさの時に変な判断をされたりすると、取り返しがつかなくなったりさえします。
同じ結果を見ても、できてないなと思うか、できてたと思うか。
それがズレてると、いくら話あっても無駄です。
大事な大事な資料を見せ、気持ちを丁寧に伝えても感想を聞くと全然的外れの返事が返ってきたり。
相手には全然伝わってない可能性がありますね。
でもこちらは伝えた気になってるもんだから、
「なんでこんなに言ってんのに、わかってくれないんだろう?」
というジレンマを抱える事になります。
でもそれはもう
「何でわからないんだ!」
とか怒るような事でもなんでもなくて。
どっちも悪くない。
そもそも価値観が共有できてない、という別の問題だと思います。
価値観を合わせないといけない時点でもう無理
それはきっと会社だけじゃなく、友達や家族にも言えることで、そういうことがズレてるとお互いに嫌な気持ちになるものです。
だからこれまで多くの人が、価値観を合わせよう価値観を合わせようと会社の同僚、部下、上司、地元の仲間、恋人、家族にたくさんの時間、労力を使って伝えて来たのだと思います。
僕も前はそうでした。
伝え続ければ、相手は変わると思っていましたし、最重要事項の一つとして、多くの時間や労力やお金を費やしたと思います。
でもいろんなことを試行錯誤した結果わかったんです。
僕なんかが相手を変えよう、教育しよう、なんてこと自体が、おこがましかった。
と思っています。(もちろん僕の力不足ですし、できる方はたくさんおられると思います)
もうその
「価値観が合ってない。だから合わせよう。」
という時点で、違うのかな、と思っています。
そこに割く工数と結果が、割りに合わなさ過ぎてしんどいのです。(少なくとも僕には)
もちろんある程度の時間をかけて接すると、価値観合わないなぁ、という人も、価値観をちゃんと寄せてきてくれるんですよね。
でも、いざという時、苦しい時とかに本来の価値観が出ちゃうんです。
その人本来の素に戻るんですよね。
そういうのを何回も繰り返し見てるうちに
「あ、本当はこういう事したかったんだな。みんな無理やり合わせてくれてただけで、なんだか悪かったな。昔と変わってないな。」
って思えてしまったのです。
だからもう価値観を合わせる努力を辞めました
無理矢理、合わせていく、合わせてもらう事を辞めました。
普段付き合う友達と同じです。
別に理由もなく自然と仲良くなっていくのが本来あるべき姿かな、というのが今のところの結論です。
最初から合うもの同士が集まることが、お互い無理もなく自然体で、居心地がいいものです。
だからブログ等を通して外に発信するようにしています。
発信し続ければ、合いそうだな、て向こうから近づいてきてくれます。
社員さんの募集はそれだけでラクちんになりました。
もちろん社内でも発信を怠らないようにしています。
合わない人は辞めていくでしょうし。
お互いの為にそれでいいと思っています。
やる事より、辞める事を決めるのは快適な毎日に必須ですね。


コメントを残す